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そもそものそもそも

いつまで続けられるだろうねえ

さいみんじゅつの成功率は60%

9月5日から東京にいる友達の家2軒にに計4泊する予定である。
僕は外泊すると大抵は一番先に起きる。自分の家でないと眠れないタイプの人はそこそこメジャーだが、自分の場合は寝つけないことは全くなく、起きるのが非常に早い。昨日は12時半に寝て2時45分に起きた。流石にこれは異例だったが、今日も11時過ぎ就寝し、4時には起きた。寝てえー。
ここ3か月は早朝覚醒型の不眠症が断続的に続いてるのもあるが、早く起きるのは数年前からだ。高校以降の外泊で一番でなかった試しはない。ここまで響きの悪い「一番でなかった試し」もないだろう。理由はいまいちわからない。宿泊するようなときは大抵昼間はハッスルしているため凄い疲れるのだが、朝はぱっと起きて二度寝もそうしない。昨日も7時にまた寝たが40分で起きた。
ただ、一番早く起きてがさごそ行動するのは妙に楽しい。物音をたてて孤独に慌てたり、先に歯を磨いたり、適当に音楽とか本とかを緩く楽しむわけだが、自分以外に活動してる人がいないとまるで今全世界で自分しか動いていないような錯覚に陥る。皆が止まってる中主人公だけが動いている話がドラえもんであった気がする(もしくは誰もいなくなった町で自分だけがいるだったか)が、あの話が強烈に好きだ。あの自分だけ動ける快楽とはなんだろう。恐らく他人を気にしなくていいというのがあるように思う。コロコロで連載していた「学級王ヤマザキ」で町にヤマザキ以外いなくなる回があるのだが(俺もなんで覚えてるんだ)、その回でヤマザキが4車線の道路に布団を敷き嬉しそうにくるまっているコマを見たとき凄まじい羨望に襲われると同時に、「こういった悦楽があるのか!」と新たな価値を小学生のとき認識した。人は寝室で寝るものである。野宿という選択肢ももちろんあるが、この悦楽の肝は布団という「寝室、範囲を広げても屋内以外では絶対に使用しないもの」を普段車が飛び交っているはずの(そこではドライバーたちが視線を交錯しあっている、現実的な緊張感がある)4車線道路で使用して寝ることにある。実際、常に人が一杯いる場所が閑散としていると変なことをしたくなるのは人の欲望の1つのパターンだと思う。
夜の学校に何人かでいると、必ず誰かは馬鹿なことをやるものである(僕の実体験に基づくものだけど、友達が変人ばかりだからってわけじゃないよね?)。あれは人が多いため普段は自己が抑圧され続けている空間に自己を解放していく作業に他ならない。「自分は本当はこうだぞ」とメッセージを発するのだ(僕の中学の友達では夜の教室で下半身を露出した奴がいる。非常に分かりやすい)。この場合ちゃんとやった痕跡を残す奴は過激だが自分の言い分をはっきり表明しているため健全ともいえる。ちなみ、有名なweb漫画「オナニーマスター黒沢」はそういう変態性となんの折り合いもつけなかったため面白いとは思うが個人的にはハマれない。
あと、単純に空間の支配率も関係すると思う。プライベートな空間など、大抵は8畳程度なのが普通だが、全世界がプライベートスペースである。ロマンがあるだろう? 人がみんな寝ていると、無防備だということ含め奇妙な全能感が生まれる。ホテルだったら館内がすべて自分のものである気すらする。部屋にいるだけだが、外の僅かな情報(鳥の鳴き声や窓の景色など、人がいる感じのしないも子)から事実が拡張されるのだ。だから王とはさぞ気分がいいんだろう。国土全てを事実として我が物にできるのは人一人ではとても制御できない享楽である。

以上。ちなみに最初に一番早く起きた記憶は保育園で、60人近くが雑魚寝している中僕だけが起きた。60人が死んだように横たわっている中自分の体を思い通りに出来るのは素晴らしい優越感を生んだ。そんな中、日が昇った。神のような放射状の光が一部の子供らを照らした。皆は起き始め、嘘みたいに全部は元通りになった。この光景をもう一度見るために、僕は早く起きている気がする。